いつか可愛いおばあちゃんになれたら。

35歳からおばあちゃんになる日まで、日々の想いをつづる日記。

凡人の証明と利得。

まだ続く咳と戦いながら今日はデイトレ

本日、損益の方が大きい。

 

デイトレしながら気づいたこと。私は自分に対してこっそりと

「自分が凡人であることを証明するような行動」をとっているな、と。

勝ちに行くつもりなようで、ちゃんと負けの準備も出来ている。

自分は凡人であるから他の優秀なトレーダーより劣るだろうと。

デイトレの本質は置いといてここでは心持ちだけの話)

 

もし自分のことを絶対的に信頼しているならば

「私は必ずやり遂げる」というスタンスと

それに伴う行動があるはず。

でもどこか私は必死に頑張っているようで

「ほらできなかったでしょ」という言葉も準備している。

「ほら、私には向いてない」「やっぱり、私にはできない」

そんな言葉を最後に思うだろうと

なんとな〜く後ろに用意している。

 

デイトレに対して自信が持てないのも最初は

もしかして自分が本心でやりたくないからなのかな、と考えていた。

夫に勧められたことで、私が言い出したことじゃないから?

でもそのことよりも大きいのは私は私自身に

「凡人の証明」をすることが癖になっているような気がする。

 

自分を凡人と思う原点とは。

 

小学生の時、自分のことをひどく凡人と思ったことがある。

幼馴染(女の子)がすごく芸術の才能とセンスが光る子で

私は焦りを感じた。

この子はきっと将来その才能を生かすだろうけど

何も光るものがない私はどうするのだろう、と。

幼馴染(男の子)は勉強もスポーツもなんでもそつなくこなして

いつも頭ひとつ飛び抜けていて私は劣等感を感じた。

飄々となんでもできる人を見ると、自分がひどく不器用なようで。

 

その幼馴染の女の子と男の子は、今の親友と夫のことなんだけども。

(大人になってからそんな彼・彼女にも苦悩があったと知る。)

 

結局、凡人な私でもそれなりにうまくやってきたと思う。

考えすぎではあったかなと思う。

でも未だに自分のことを凡人(ひどいとポンコツ)扱いしようと

する癖がある。他者に対して下手に出る癖も含む。

 

それとこれはできれば気付きたくなかったけど

「ほら私はこんなに出来ないからやめていいよって誰か言って!!」

と言う欲望も隠れている気がして…。

辞めることを自分で決めきれないから出来ないことを証明することで

周囲から辞めていい承諾をもらおうとする自分の小狡さ。(恥ずかしい…。)

きっと本職でもそういうところがあったし、(若い頃のアレとかアレとか絶対そう!!)

デイトレもそうなんだろう。笑(ごめん…夫。)

でもちょっと普通に出来たりもするので状況が中途半端になっている。

やりきればできるはずなので前進できる。やってみたい気持ちもある。

なのに後退して逃げようともしている。自信がない。

どっちつかず!!!

 

自分がまだまだであることにどんどん気づいていく日々。

ずっと自分の本心が分からないと思っていたけど、恥部が露呈していっている。

ちょっと面白いと思い始めている。