いつか可愛いおばあちゃんになれたら。

甘く、優しく、生きる。

「光を放つ人。」

自分が目指す自分の理想像をずっと探っていた。

歳をとっておばぁちゃんになったら

可愛いほんわかした感じの人になりたいな

と思ってこのブログのタイトルにしたけれど

そこに至るまでのミドルエイジの自分の姿が

いまいち想像できないでいた。

 

仕事はずっと今の仕事(医療職)でしか

稼げないと思い込んでいた。

定年まではいまの仕事をしていると疑わなかった。

けれど本当は何がしたい?

どんなことでお金をもらえたら幸せ?

投資で成功したい?

花が好きだから花屋でバイト?

文章を考えるのが好きだからエッセイスト?

逆にほんとうは専業主婦になって

子育てに集中したいとか?

 

うんぬんかんぬん…。

 

 

この1年、悩みに悩んだ。

次のイメージも湧かないのに

転職もできなかった。

 

そんななか

ちょっとずつ

核心に近づいていった。

 

私が今、心から求めているのは

職種や肩書ではない…。

そこばっかり悩んでいたけどそれはどこか

表面をかすめているだけの感覚だった。

そこを目指して考えると頭がグルグル。

ガチガチに固くなって、重い。

 

本質とずれている。

そこじゃないんだ。

 

 

もしかして何もしたくないのかなと思ったけれど

ちゃんと体を休めて疲れをとったら

そこまで無気力なわけでもなくて。

むしろパワーを使いたい場所が違うという感じ。

 

本質とずれたことにパワーを使っている。

本質と合っていればもっとパワフルになれる。

力んで生み出したパワーでもなくて。

 

職種や肩書をなくして

どんな人間になりたいのか。

 

私と会った人や

私と言葉を交わした人

私の文章を読んだ人が

どこかすっきりしたり

ほんわかしたり

癒やされたりしてほしい。

そんな人になりたい。

 

人間なのにパワースポットみたいな。

光を放つ人。

 

 

 

まだまだがっつり資本主義社会で

なまぬるい答えだとは思うけども。

そこを忘れてしまったら

どんどんずれた方向に

進んでいくかもしれないと思う。

 

このブログを始めた前半のころは

どこか文章が表面的で

上澄みをすくってつくったみたいな文章だった。

自分を愛せていないのに

綺麗な言葉を書こうとしている人の文章。

 

母との確執を恨み節のように書いている時もあった。

でも母との出来事のあれこれより

いつも不幸そうな母を救おうとしたけど

それが出来なかった自分への無力感

が根源だったんだなと思う。

 

 

まずは夫と娘たちにとっての

パワースポットになりたい。