ちょっと考えが変わったことがある。
簡単に「嫌い」という言葉を使わないでおこう
ということ。
以前の私は、「好き」より「嫌い」が多かった。
人でも、物でも。
そこはきっと今も大きな変わりは無いだろうけれど
「嫌い」ということを表現しないようにしよう
と思うようになった。
「嫌い」と表現した後に
それをもし「好き」になったら
きっと後悔するだろうと思ったから。
まだ若輩者な私。
今、それを「嫌い」なのは
まだ出会えていないからでは?
もし、このくらいの年齢
の男性(もしくは女性)がいつも苦手
というのがあるなら
その年齢のその性別の『すんごい素敵な人』に
まだ出会えていないから。
嫌いな食べ物なら
その食べ物の『すんごい美味しいもの』に
出会えていないから。
もし今後、出会ったらきっと後悔する。
「嫌い」って言っちゃったこと。
そして私が「嫌い」なものを
愛している人が存在する。
その人は自分が愛するものを
「嫌い」と言われて傷つくだろう。
しかも、「嫌い」を伝える自己表現って
「私(の嫌いなもの)をわかって!」
「私(が不快に感じるもの)を理解して!」という
自己顕示欲なのである。
(逆に「好き」もまぁ同じなんだけど。)
そう分析するとなんとダサいことをしていたのか…(恥)。
人生に他者ってあんまり関係無い。(語弊がありそうな表現)
なので、わざわざ自分の
「嫌い」なものを表現する必要も無いのである。