いつか素敵なおばあちゃんになれたら。

甘く、優しく、軽やかに生きよう。

綺麗にまるくおさまりそうで、そうでなかった。

昨日のブログで母と和解したようなことを書いたが
残念な(?)続きがある。(昨日の今日で。)

夫に昨日、「和解」について話したら
夫的には私はもう絶縁を決めたのだと思っていて
もうその心構えをしていたらしい。
夫は私の母に母の日のビールを送ってくれたりしていた。
それももう中断していて、私の判断に寄り添って「絶縁」。
その覚悟だったと。
それを急に「和解したのでディズニー行ってくる」と言われたようで
腑に落ちないとのこと。まるで「振り回されているみたい」と。

私的には急ではなく、少しずつ段階を踏んで気持ちを切り替えてきた
つもりだったが夫はそれを知る由もなく。

私も「また仲良しだ!いぇーい!」とかではなくて
かなり覚悟をもって挑んだことだったので
そのあたり夫と齟齬があった。

私にも思うところがあって、せっかく(対外的に)良い方向に
舵をとったつもりだったのにそう言われるなんて…という気持ちが
はじめは押し寄せた。けど、確かに私も夫に甘えていたなと思う。

「夫はきっと私の全てを受け止めて許してくれるはず」
という甘えがあった。
一見仲が良くてもこういうのが理由で離婚になったりするんだろうな…。
今回のことは夫を傷つけたように思う。


昨晩、喧嘩というほどではないがそのことについて話していた。
するとその最中に着信が。
母から「東京に来れなくなったのでディズニーをキャンセルしてほしい」と。
祖母が骨折したらしい。

いや、どんなタイミング。

幸い大事には至らなかったようで。(高齢の骨折は厳しいものがあるが…)

まるくおさまっていないんだが
これでまるくおさまったのだろうか。

「宇宙のはからい」っちゅーのを私はけっこう信じている。
なんだかたまにこういう強制的なNoを感じることがある。

まるで「今はだめよ」と言ってくるような。

ディズニーのキャンセルは残念というほどでもない。
祖母のことは心配だし、夫には振り回して申し訳ない気持ち。

なんだか「なんだかなぁ」というもやもや。
わたしはいつも最善を選べているのだろうか。
判断を誤って、誰かに謝ってばかりな気がする。

宇宙はいつもベストな方向へ導いてくれているらしいが
本当だろうか。
もやもやするけど、たぶんそうなのだろう。

「対外的に良い判断」とか言っちゃってる時点で
本心は別のところにあってそれがこの結果なのかもしれない。

スピリットとズレた行動は強制的な軌道修正がかかるらしい。

わからんけど、その判断は「今」じゃなかった。


昨日の今日でこの七転八倒なので、昨日のブログを消したくなった。
なんならもうこのアカウントごと消しちゃおうか…という衝動にも駆られた。
ほぼ日記なので恥ずかしい。
もっと違うことを書いたほうがいいんじゃないか。
ディズニーブログとか。(最近もはやオタ活になってきている。)
もっと平和でほっこりする内容のほうがいいんじゃないのか。
来年あたり「夏目のディズニーブログ」に変わっているかもしれない。


不安定で、進んだと思ったらまた戻って、意見もころころ。
日記ブログは憧れだったが、そういう部分が恥ずかしい。

人生はその大部分が、なにかに行き着くための「道中」である。