いつか素敵なおばあちゃんになれたら。

甘く、優しく、軽やかに生きよう。

コンフォートゾーンを超えてゆけ。

今現在が自分の人生にとって転換期であることを確信している。
なんかもうそれが間違いないと思っている。

というより「もう今、変えていかないと嫌だと思っている」というのが正しい。

だけどもなんだか現状を明らかに変えられないでいる。

どんなに変えたいと思っていても変わらない時、変えられない時。
自分が抵抗しているらしい。要因は外部に無い。

なんでかって、コンフォートゾーンを抜けることは人間にとって大きなストレスらしいのだ。
変えたいと思っている現状だとしても馴染んでいるとためらいが出る。

いやたしかに今、コンフォートゾーンにいると思う。

それにこれまでもあまりリスクのあることをやりたがらなかった自分がいる。
けっこう保守的だ。いや、かなり。

そんなんで竹田和平さんみたいになれるのかってんだい。

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竹田和平さんは「ありがとう」をたくさん言っていたそうなんだって。
感謝や幸せを見つけるのが上手だったとか。

「感謝をしたほうがいい」って言葉に反骨心を持つような私だから(笑)、まったく竹田さんのような存在に届いてもいない。

しかしそんな私も、竹田さんのエピソードを通して聞けば「感謝」の大事さがスンと身に染みる。本を読んでいたら、わたしもこんな人になりたいと泣いてしまったのだった。

自分以外に対して遮断、抵抗、拒否。
随分長い間それらを身に纏っていたと思う。

保守的なのも排他的なのも自己防衛本能であるからそんな自分も「がんばったね」と認めてあげるといい。
自分を守るための手段であり、必死に生きていたということだ。賢明なサバイバーだった。

サバイバーも慣れるとそこがコンフォートゾーンになってしまう。
サバイバルを脱することに抵抗するのである。
サバイブすることが逆に楽っていう。



私が今の仕事を選んだ理由は、職種が保守的だったからだ。
周りから突飛することを恐れる私にはまさしくコンフォートゾーン。

あとはその職種に対して学ぶことが楽しそうと思ったから。
「専門的に勉強はしたいけど就職は別にしたくない」とチグハグなことを受験のときに思っていた。「とりま就職しとくか」みたいな感覚でそのまま就職したんだけども。



最近、四柱推命YouTubeを観ることが増えたのだが(なんでだっけ。たまたまオススメあがってきたかなんかだったか。)私の中心には「偏印」という星が2つあってそれが知的好奇心を表す星らしい。
それが2つもあるので「学びてぇ」欲求が強くて原動力になっているとかなんとか。
同時に飽きっぽいらしいんだが。(←!)


だから今の仕事も「学んでみてぇ」から始まってので間違ってはいない。
だがもう、次の「学んでみてぇ」が始まっているのである。


しかし怖がっていたのである。
学び始めつつも、恐れていた。

コンフォートゾーンを抜けるのは怖い。
だが自分の行きたい道に進んだ人たちは皆、その恐怖に打ち勝っている。