いつか素敵なおばあちゃんになれたら。

甘く、優しく、軽やかに生きよう。

まぼろしの時間。

朝、子供たちを送ったら自分だけの時間が始まる。

数時間限りの自由時間。

その間は空想のような時間だ。
自分に浸れる。文章も浮かぶ。

子供たちが帰ってきたら怒涛のように忙しなくなり、目が覚める。
その落差がすごい。
そうなると自分語りみたいな文章を書いていたことが急に恥ずかしくなる。
目の前のことに引き戻されるような。


自分に浸る時間。
その時間は、「まぼろしの時間」のようだ。

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仕事がある日は、もはや「捨て日」と化している。
「仕事で疲れ果てるから」を理由に仕事がある日はすべてが省略、簡素化する。


まるで「幸せ」を感じることを諦めているような。
疲れを理由にいろんなことを諦めていい日。
とりあえず無事にこなせるかどうかが重要な一日。

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「捨て日」と「まぼろしの時間」。
現実はどちらか。

てか現実ってなんだっけ?

「この世界は自分がつくった幻」という説があるが、小さい頃に自分が見えているものは全て幻想なんじゃないかと不安になったことがある。
自分の意志で動いているように見えている今目の前にあるこの「指」も自分の脳が作り出した幻想かも…と思えて恐ろしくなった。

数年後に「マトリックス」という映画を観て「まさしくこれだよ!この世界観!」と思った人は私以外にもいたらしい。

そしていまだにその感覚が残っている。


私ったらもう四十手前だというのに、まだ地に足がついてないようだ。

二十代の頃に先輩から「夏目さんって現実と想像の狭間、ギリギリのところでいつも生きてるよね。」と言われたことがあった。
その言葉は核心をついていたと思う。

そんな人間でもこれまで自力で生きてこられたのは「捨て日」のおかげだろうし、メンタルを病まずにこれたのは「まぼろしの時間」のおかげだろう。

どちらの一日も私なのだろうと思う。

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