
半年ほど途中のまま放置していたものが、ついに完成。
去年の冬はけっこうな時間を刺繍に勤しんでいた。
が、春になり夏が来ると遠のいていた針への渇望。
なんでだろう。ウール糸だし暑いからかな。
フェリシモで注文した毎月1キットが1年分届くこのウール糸花モチーフの刺繍キットが今月で配達を終えたが、10ヶ月分が手つかずで残っている。
自分の性格上、毎月できるとは最初から思っていなかった。
(ちゃんとわかってますそこは。)
最悪出来なくとも老後の楽しみにとっておこうと思って注文した。
(ちなみに同じ理由でカリグラフィーのキット1年分と水彩ペンの絵葉書キット1年分もほぼ手つかずで残している。)
なんだってこんな人生の中でも忙しい時期に注文したのかってとこだろうが、とっておきたかったのだから仕方ない。
いつか時間に余裕ができたら…とよく夢想するが、老後もくそ忙しかったらどうしようと実は少し怯えている。
なんだかんだで老後も趣味の時間を詰め込んでいそうで、暇な自分を全く想像できない。
老後が存在するかどうかも不明だし。(二重の意味で。)
まぁええねんええねん。今は別にできなくても。
ってことで、一番やりたかったのは写真のポピーの花のもの。
間を空けてついに完成。キラン。
今はクリスマス数日前だというのにクリスマスモチーフのキットに取り組んでいる。
言わずもがな間に合わない。
クリスマスを過ぎてしまったら、また途中で中断して来年にとっておく。
そして正月っぽい梅モチーフに切り替えるつもりだ。
移り気がひどい。
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「忙しい」って逆に楽なことかもしれない。とふと思った。
忙しいと逃れられる。自分と向き合う時間から。
お金のことを考えたくないからとにかく働こうとしていた時期があった。
とりあえず働いてお金があれば苦手なお金のことを工夫しなくて済む!って理由で。
明らかに逃げな理由だった。
「考えたくない!」が本音なのである。
逃げで選んだ選択肢はたいてい自分を疲弊させる。
忙しいとそういう意味で楽なのだ。
忙しさは自分をおざなりにできる十分な言い訳になる。
私がもう「なんもせんでいい」状況になったらどう行動するだろうか。
きっと持て余す。そしてちょっと困っていると思う。
だから自ら忙しさを選んでいる訳である。
願望と本能がズレているのでは…と思ってはっとした。
「なんもせんでいい」世界を想像してブルっとする。
「なんもせんでいい」世界を怖がっているのかも。自由すぎて。
自由が怖いから不自由を選んでいたりして。
なんだかんだそんなもんだったりして。