有名企業を退職して自分のやりたいことをして成功した人の話を成功した後に聞くと、そりゃ「その時決断して良かったねぇ」となるのは当然である。
さかなクンが学校の勉強より魚のことばかり興味があったのをさかなクンのお母さまが止めなかったのも、ミセスの大森さんが学校に行かず曲作りをしていたのをお母さまが止めなかったのも、お二人とも成功された今となっては「その決断正しかったねぇ」と皆が納得というところである。
ただ「その時」はどうだっただろうか。
不確定な未来を前に大多数と違う行動をとれますかいって。
すでに成功した人の話を聞くうちは「ほぇ〜(すごいなぁ)」程度。
凄さはわかるが体感なし。
いざ自分ならその時その決断できますかいって。
私はできないタイプだ。
自分のことそんな信用してないもん。
「私はできる!!」なんて思えない。
ずっと自分のことを疑っている。
だからこそ資格職という選択をした。
お墨付きがあれば自分にも稼げるのではないか。
「才能がある人は資格なんかとらない」的なことを誰かテレビで言っていて、私は思わず吹き出したことがある。
まさに私がそう。
自分になんの才能も無いと思ったから資格をとったのだった。
でもよく考えたら資格をとった人も「学んで得る」才能がある。
どんな人間にも才能が無いなんてことはない。
学ぶことも立派な才能であるということも最近気付いた。
ちょっと弱りきって卑屈になって否定が増えてこれまでの自分の頑張りと職種と人生も否定しちゃってたのである。
これまでの頑張りひっくるめてまるごと私であり、これからの自分にとってむしろプラスになるしかないのである。
人生は雪だるま。
そんな私なのでここに至る決断までに一体何年かかったんだいって。
もう辞めたいと思ってから丸三年。
言語化できないモヤモヤ期を含めたらもっとになる。
決断した今も安定職を手放す怖さで夜寝る前ゾッとして震えることがあるし、朝はお金の恐怖でガバっと勢いよく目覚めることがある。
もうしばらくそんなことが度々ある。
夢の中でもお金の恐怖にまみれている。
情緒不安定。
お金の不安ってえぐい。
私にとってお金とは「自由」。
自由に好きなタイミングで好きなことをしたり好きなものを食べたり好きなものを買ったり。
自分の周りを好きでいっぱいにする「自由」をくれるのがお金。
お金が減ると「自由」が減る恐怖。
胃を満たすのは別にもやしでもいいけど寿司が食べたい時もある。
何かを買うにも自分が可愛いと思うものを選びたい。
美しい絵画が見たくても無料で美術館には入れない。
お金は「選択肢」を与えてくれる。
「選択肢が減る」「自由が減る」
だから仕事は超重要。
命綱と感じるほどに。
私は無意識断捨離タイプ(とにかくなんでもすぐ捨てる)だったのだが仕事はちょっと違ったなぁ…。
なんでって「自分にはそれ以外に稼ぐ手段が無い」って决めきってしまっていたからだと思う。
誰よりも自分が自分の才能を一番否定していた。
私は才能のかたまりでしかないというのに。(急にビックマウス)
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ちまちま勉強していたデイトレードだが今日が初日。
二年ぶり。ドキドキして手が震えた。
今日は一度だけ。
時間軸にして1分程度のトレード。
100株注文810円の利益。
初日にしては上出来。
もう少し入りたい気持ちを抑えて、初日は練習。欲張らない。
(注文画面は昨日イメトレしてたのだが返済画面をすっかり忘れていて利確に慌てふためいたという…。)
デイトレードを本業にすると决めたわけでもないのだが、せっかく勉強したのと相場の世界はなかなか興味深く面白いので少しずつやっていこうと思う。
「チャートを見るのが楽しくてしかたない」と話す人ほど私はドハマリではないし才能も適性もないかも…と思っていたけど、見ているうちに最初は「こんなのわかる気がしない…」だったのがだんだん変化してきて今ではけっこう馴染んできている。
株の世界がめちゃくちゃ好きと言われたらそうでもない。
好きさでいうと夫に負けると思う。
でも私は「なんかおもろそう」と思って学ぶことが好きである。
医療職を選んだときも「人体の不思議おもろそう」から始まったし。
私の今年のテーマは「お金」。
ずっと苦手で敬遠していたお金のことをたくさん学んでいきたい。
資本主義の世界を少し恨んでいた。
でも今はその世界をしっかり学んでど真ん中に浸かってみたい。
嫌悪していたからこそ愛してみたい。
