最近ハイブランドがめっぽう気になる。
きっかけはなんだっけ。
「やっぱり素敵だな」ってあらためて思ったんだ。
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私が持っているハイブランドは婚約指輪と結婚指輪、そして自分で買った時計。
20代の頃は興味がなかった。
というより、自分がハイブランドを身につける想定をしていなかった。
婚約指輪をもらうまでとそれ以降も自分でハイブランドを買う心づもりは一切無かった。
夫がプロポーズの時にくれるであろう指輪はなんとなく国内ブランドを想定していた。
同じ時期に婚約した友人たちもほとんどそうだった気がするし、私も自ら調べることもなかったし。
だから金の装飾の赤いBOXを渡された時の驚きときたら。
私が身につけていいのですか、と。
まさか自分が身につける日がくるなんて、と。
そうしてハイブランドデビューをしたのである。27歳のこと。
私は割とモノを大事にするほうだ。
気に入ったものを毎日身につける。
そして浮気をしない。
壊れるまで次を買わない。
何年単位、十年以上も使い続ける。
時計も数万円くらいの気に入ったものを壊れるまで使用して、壊れたら次を買うを繰り返していた。
3万ほどの時計が7年、3年、1年で次々と壊れていった時、ついに鶴(夫)の一声でハイブランド時計に手を出したわけである。
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時計を購入してから7年。
また気になり始めた。
ブランドの歴史を聞いて、それは欲しい…と変わっていったのである。
ストーリーがあるって本当に素敵だ。
そうしてハイブランドを取り扱うYouTubeなどを見漁っていたら気付いたことがある。
モノって「人込み」なんだなって。
持っているその人自身によってモノが持つ輝きが変わる。
さらに魅力が増したり、褪せたりする。
それは人もモノもお互いに。
ハイブランドが主役になっているのか、持っている本人を引き立ててくれているのか。
モノが主役になってしまうのはハイブランドならではだろう。
私はそれを見て自分をしっかり一貫させようと思った。
主役になれる人は自分の真ん中に一本の芯、それがあるかないかではないか。
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私には今、欲しい指輪がある。
誰もが名を知るわけではないかもだが、歴史があるブランドだ。
今ハイブランドを見漁っても、やっぱりあれが一番素敵だったかも…と思える。
4年前にたまたま試着した指輪。
日本橋の百貨店でぷらっとジュエリーを見ていたら「お客様にお似合いだと思います」と言って店員さんが出してくれたものだ。
本当に似合っていた。私のような手の骨格のために作られたのではないか。
似合う。私が当時欲しいと思っていたデザインより格段に。
プロの目って本当にすごい。
だがその時はそのデザインがそこまで気分ではなかった。
欲しいものよりちょっと控えめな印象だったから。
そして予算も足りなかった。
今となってはまさに私にぴったりデザインだったと思う。
最強に似合ってたな…とじわじわくる。
有名かつ素敵な指輪が世にたくさんある中で、あのしっくり感に勝るものがあるのかと自問自答する。
だが、商品番号と担当してくださった店員さんの名前が書かれたカードもどこへしまったのかわからない。
でもいつか予算がたまったら、あの店員さんからあの指輪を購入したい。
同じ商品があるかも、あの店員さんにまた会えるかもわからないけど。
でも少し奇跡を信じている。
いつか身につけたときのために主役級な自分になっていたい。
ブランドのストーリーに負けない自分だけのストーリーを紡いでいきたい。